「・・・!・・・・・!!・・・・Q!!!」

はっとして辺りを見渡す。いつものオフィス。大きな画面と、無数のデスクトップ
呆れた部下の顔。

「もう・・帰りますか・・?」
「・・っと・・いや・・・」
「徹夜、何日目ですか?」
「どうだったけな。そもそもMI6はブラック企業だったっけ?兄さんに言わなくちゃ、」
「徹夜、何日目ですか!」

部下は割と怒っているようで、書類の束で僕のデスクをばしばし叩いた。
やめてくれよ、ほんとに。徹夜何日目だっけ。

「・・・わかんない・・・な・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・帰る」
「ええ、二日ほど休暇を要請しておきます」
「うん・・」

一番上の兄は政府の奴隷みたいに働くし
二番目の兄は政府のお気に入りの遊び人みたいなもんだし。
僕ぐらいは人間らしく生きていきたいんだけど。
いつもなら僕に休憩を促す彼女のデスクは空。
確か、昨日から休暇を取っていたはず。
彼女の顔が見たい、けれど体はベッドの上の休養を求めていて
それこそ割とギリギリなようだから、彼女の家に寄るのは諦めて、僕は電車のホームへ向かった。

+++++

「お帰り、酷い隈ね。ウィル君」

誰もいないフラットのドアを開けると、僕のシャツを着たさんが近づいてきて、頬にキスしてくれた。
まずい。幻覚まで見えるようになったらしい。しかも格好も格好だ。やっぱり幻覚だ。

「あれ?お疲れだって聞いたからサービスしてあげたのに、無反応?」
「・・・・・・さん・・・・・?」
「ウィル君、もしかして、私、幻覚だと思ってる?」
「・・・はい」
「・・・・・・バスタブにお湯溜めといたから、先に入っておいでよ、でてきてから、幻覚かどうか確かめようね」

ずいぶん、優しくていい幻覚だ。本物のさんみたいだ。
僕は鞄を半ば落とす形で玄関に置いて、歪む視界の中、いろんなところをぶつけながら
何とかバスルームまでついた。
眼鏡をはずして、服を脱いで、バスタブに浸かって数分。

「・・・さん!!!!!!」
「はーい」

ばしゃん、と派手な音を立ててバスルームのドアを押した。
遠くから、彼女の声が聞こえる。
バスルームと脱衣所を隔てるドアの向こうから、彼女がひょこっと顔を覗かせた

「なにしてるんですか!?」
「何その言い方!ウィル君が死にそうって同僚から連絡貰ったから、食糧買って来てあげて
しかも彼シャツしてあげて玄関でお出迎えしてあげたのに!本来ならお金取るよ!」
「ちが、違いますよ!!え!?は?連絡?」
「よっく考えなさい!」

ばたん!と派手な音がして、ドアが閉じられた。
嬉しい、だってそもそも彼女の家に寄る予定だった。
僕はずるずると浴槽の中へ沈んでいった。
にやける顔は、出るまでになんとかしなければ、また彼女に怒られる。

++++

バスルームを出ると、たたまれたスウェットとパジャマ代わりにしていた長そでのシャツがたたまれて置いてあった
それに着替えてリビングへ行っても、誰もいない。

さん?」

返事はない。何処へ行った。
一つずつ部屋を開けて行っても目的の彼女の姿は無く、
残る部屋は一つとなった。
妙に緊張する。

さん・・?」

がちゃ、と寝室のドアを押す。
目的の彼女は、ベッドの中で、肩までシーツをかぶって
いたずらっ子のような顔で僕を見上げた

「お疲れさまね、」

優しい声が、僕にかけられた。白い腕が僕を誘う。
僕は彼女に誘われるまま、シーツにもぐりこむ。
さんの白い指が、僕の眼鏡を外してしまって、
こんなに間近にいるのに、彼女の顔は少しぼやけてしまった。

「できたら、彼シャツとやらを、たのしみたいんですが・・」
「でも、楽しむ体力ないでしょう」
「・・・わかっててやりましたね・・・」
「分かってたわ」

誰にも聞かれないのに。
小さな声で、くすくす笑いながら、身を寄せる。
彼女が優しく僕の額にキスして、目線を合わせて、唇にキスして。
まるで、母親が子供を寝かしつけるような、そんな仕草だった。

「明日もお休みでしょう?」
「ええ。」
「だったら、おたのしみは明日に取っておこうね」
「・・・・そうですか・・ざんねん、です・・」
「もっと近くによって、ね」

彼女を抱き寄せれば、彼女の香りが鼻孔をくすぐって
全てが全て、僕を眠りへと誘う。
視界が歪む、体温が伝わる。
明日、目が覚めたとき、彼女がそこにいて、きっと笑ってくれる。
そんなことを想像したら、まどろみに身を任すのも、悪くないと思った。